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「その表現力は、あなたの才能です」——30年越しに、先生へお礼を言えた日
2026/8/4
「その表現力は、あなたの才能です」——30年越しに、先生へお礼を言えた日
祖母の一周忌と母の一年祭を執り行うのため、3日間気仙沼に帰っていました。
法要も、やりたかった家のことも、すべてを終えた最終日。いつも行く、自然の中にあるカフェに立ち寄りました。
そこで、ひとりの女性を見かけました。
パッと見た瞬間に、分かりました。小学6年生のとき、僕たちの学校にいらっしゃった、若手の講師の先生でした。
深い関わりは、なかったはずなのに
正直に言えば、その先生と深い関わりがあったわけではありません。担任でもなければ、クラブや委員会の担当でもない。
それなのに、僕はずっとその先生のことを覚えていました。
理由は、離任式の日にあります。
みんなで花道を作って、先生方を送り出す。あの、卒業式とはまた違う、少しざわついた別れの場面です。その花道を歩きながら、先生は僕に向かって、こう言ってくださいました。
「あなたの演技は本当に素晴らしかった。その表現力は才能だから、これからも大事にしてください」
その年、僕は学芸会の劇で主役をやっていました。
たったそれだけの、通りすがりのような一言です。先生にとっては、覚えているかどうかも分からないくらいの、小さな言葉だったと思います。
けれど、僕にとっては違いました。
一言が、一生の自信になる
あの言葉は、それから30年、僕の中に残り続けました。
今、僕は教師として教壇に立ち、ありがたいことにセミナーで登壇させていただく機会もいただいています。何十人、何百人の前で話をするとき。緊張で足がすくみそうなとき。自分より専門分野に詳しい人が講師として並んでいて、引け目を感じそうになるとき。
心のどこかに、いつもあの言葉がありました。
「表現力は、あなたの才能だ」
自分の強みが何なのか、大人になってから何度も迷いました。それでも最後に立ち返る場所は、いつも同じでした。人前で語ること。言葉で伝えること。それが自分にできることなのだと。
その原点をつくったのは、間違いなく、あの離任式の一言です。
「先生!」
いつかお礼を伝えたいと、ずっと思っていました。
でも、機会などあるはずもない。連絡先も分からない。会えるとしたら奇跡だと思っていました。
まさか、母の一年祭で帰った故郷の、たまたまその時間に立ち寄ったカフェで、その奇跡が起きるとは。
気がつくと、僕は「先生、30年ほど前、M小学校で働いていませんでしたか?」と声をかけていました。
先生は、僕の下の名前の漢字を、なんとなく覚えていてくださいました。劇のことも、覚えていてくださいました。
「ずっと、お礼を言いたかったんです」
そう伝えると、先生は涙を流して、喜んでくださいました。
教師の仕事の、本当の価値
この夏、僕は初めての単著の企画が通り、2冊の本の原稿と向き合う日々を送っています。昨年のテレビ出演を機に、セミナーに呼んでいただく機会も増えました。ありがたいことです。
でも、あの日のカフェで、大切なことを思い出させてもらいました。
教師という仕事の価値は、肩書きにあるのではない。本を出したかどうかでもない。どれだけセミナーで話したかでもない。
どれだけ、子どもの心に残れたか。
どれだけ、本気でその子とぶつかれたか。
それだけなのだと思います。
先生は、僕にとって担任でも何でもありませんでした。特別に目をかけてもらった記憶もありません。ただ、去っていく日に、ひとりの子どもの良いところを見つけて、それを本人に伝えて帰っていっただけです。
その一言が、30年後の今も生きている。
僕は、そういう教師でありたい
自分の教室には、38人の子どもたちがいます。
その一人ひとりに、僕が今かけている言葉のどれかが、30年後まで残るかもしれない。良い言葉も、そうでない言葉も。
そう思うと、身が引き締まります。
そして同時に、勇気が湧いてきます。特別なことをしなくていい。その子の良いところを見つけて、本人に、ちゃんと言葉にして伝える。それだけで、誰かの一生を支えることがあるのだから。
先生、本当にありがとうございました。
僕も、そういう教師でありたいと思います。