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20代の同僚が、45分で見取ったこと
2026/10/11
先日、同じ学校の20代の同僚が、私の国語の授業を1時間、参観してくれました。その日のうちに、長いフィードバックを送ってくれました。
読み終えて、しばらく言葉が出ませんでした。45分の授業から、ここまで見取れるのか。その見取りの深さに驚いたのです。
「やり方」ではなく、「土台」を見ていた
フィードバックには、こんな言葉がありました。
普段からなぜそうすべきなのかを尾形先生が伝えており、それらを子どもたちが理解して行なっているように感じました。
挨拶や姿勢は、どの教室でも指導していることです。でも、彼女が見ていたのは、挨拶が上手にできているかどうかではありませんでした。子どもたちが、「なぜそうするのか」を分かった上で動いているかどうかを見ていたのです。
子ども同士でノートの丸つけをし合う場面についても、こう書いていました。
良い活動だと思いながらも、リスクもあってなかなかできません。(中略)やはり土台(善悪の判断やこれまでの指導で子どもたちに根付いている考え方)が重要だと感じました。
「丸つけをし合う」という活動そのものは、明日からでも真似できます。けれども、それが落書きの火種にならずに成り立つのは、その前に積み重ねてきたものがあるからです。彼女は、目に見える活動の奥にある「土台」に、45分で気付いていました。
一つ一つの動きに、目を向けていた
彼女の目は、子どもたちだけでなく、教師の動きにも向いていました。
隙間時間にきちんと机間巡視されていて、その時間に個人を褒める(良い人の例を具体的に声に出して全体に伝える)、丸つけで一人一人に良いところを伝える
とにかく前に進めるのではなく、きちんと全員がついて来れているか一つ一つ、それでも時間はかけすぎずに確認を行なっており、置いていかないという尾形先生の意識も感じられました。
どれも、授業の中で一瞬で過ぎていく小さな動きです。私自身、意識してやっているというより、もう体に染み付いているものばかりです。それを、一つ一つ言葉にしてくれました。
そして、子どもたちの姿についても、こう書いてくれました。
ところどころで子どもたちから「確かに!」も聞こえてきて、きちんと他人の意見を聞いて、すごいなと思ったことを素直にすごいと言える子どもたち、とっても素敵でした。
二冊の本で伝えたかったこと
実は、このフィードバックに書かれていたことは、来年2月に出す二冊の本で、私が一番伝えたいことと重なっています。
力のある実践を見るとき、私たちはつい「何をしているか」に目を奪われます。けれども本当に大切なのは、その実践の「背景」です。なぜその指示を出すのか。その活動が成り立つまでに、どんな積み重ねがあったのか。教育技術を磨くことと、自分なりの教育哲学をもつこと。その両方があって初めて、子どもたちは変わっていきます。
二冊の本では、その「背景」まで書こうとしました。自分の思いだけでなく、二十年間で見てきた「子どもの事実」を書きました。
若い先生へ
彼女のフィードバックには、いくつか質問も書かれていました。
音読は毎回ですか? 国語クイズ→音読→漢字クイズは、尾形先生の国語授業のルーティンでしょうか?
この答えは、本の中に書きました。
20代で、ここまで授業を見取れる先生がいる。そのことが、私はとても嬉しく、心強く感じました。彼女のように、「なぜだろう」と考えながら授業を見る若い先生は、きっとたくさんいるはずです。二冊の本が、そんな先生方の「なぜ」に応えるものになれば、これ以上の喜びはありません。
参観してくれた同僚に、心から感謝しています。ありがとうございました。